Mar
7
ふらふらと迷い出ること、とか
人の中には、自分の行動の整合性や連続性を重んじようとする強い働きがある。それでもぼくはあさっての方向へふらふらと泳ぎはじめる自分を止めることができない。
ヘッセは「デミアン」でこう書いている。
ぼくはもとより、自分のなかからひとりでにほとばしり出ようとするものだけを、生きようとしてみたにすぎない。どうしてそれが、こんなにむずかしかったのだろう。
20代のぼくはこのフレーズに強く共鳴したわけだが、今は「むずかしさ」はあまり感じない。ただ、細胞分裂のように家や群れや慣れ親しんだ知見から分かれて周縁へ向かおうとするときは、離れるのだから不安はある。
おれはどこに向かってるんだろう、ってこの感じを身体感覚で説明してみると、あの感覚だ。
ぼくは横浜の海沿いで、といっても防波堤やテトラポットで囲まれた海沿いのそばで育った。小学生や中学生のころ、海に飛び込んで、足が着かないことにちょっとヒヤヒヤしながらテトラポットを離れて泳いでいく。そのときのコワゴワ…という感じなんだ。
で、そういう感じを味わった経験というのは、思い出すときに常に楽しさがこみあげてくる。